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1週間程ブランクが空いてしまいましたが、
様々な思考・チャレンジを試みながら、
引き続き『革命』を続けているDoubles in San Diego です。

さて、本日の内容。
それは、今年の初めから自分に原動力を与えて下さっている
山口絵理子さんのドキュメンタリーから感じ取った『問い』から生まれています。

いきなりですが、夢を追いかける人の笑顔は本当に美しい、そう強く感じるのは
私だけでしょうか?

山口さんという女性の生き様は本当に美しい。
アジアについての『真実』を知りたかった
そう感じた彼女は、気づいたら日本にいてもたってもいられなくなり、
自ら真実を発見しに旅立ちました。

『途上国』という言葉・概念に違和感を覚え、1人でバングラデッシュに直接行き
そこで大学院、起業という道程を歩んだ山口さんの背中から発されるメッセージ、生き様。

ドキュメンタリー動画は下記リンクからご覧になれます。
(3篇構成ですが、こちらは3篇目の動画になります。メッセージは十二分に伝わると思いますが、
もし前提知識が欲しい場合は一篇目からどうぞ)

情熱大陸 山口絵理子

私のMother Houseのバッグに対する想いは山口さん、そして現地で働いている職人たちに対する
感謝・尊敬の気持ちで繋がっている。
同情を超えて、その商品1つ1つに宿る想いに惹かれる。

世間に馬鹿にされるようなチャレンジをした彼女は現在、
自らが輝く舞台に立っていると強く感じます。

そこで浮上する問い。
自分とその世界との関係をどのようにして認識し、
あなたは生きていくのか??

その『問い』は私たちが世界と繋がりをもつ以上、
死ぬまで向き合わないといけないものだと思います。

あなたは現在、自分の夢を実現する舞台に立っていますか?

私たちは、自分がもし失敗をしたり、都合が悪い時。
自分が望んだ舞台に立てなかった時。

自分のどこかに問題があったと分かりつつも、私たちはその意思決定をした際に
自分を取り囲んでいた『環境』に対して、責任を押しつけたくなるのではないでしょうか??

あの人があの時~と言っていたから当時はやらなかったけど、
実際やってみたら自分が思っていたものと違った。損をした。

『環境』とは抽象的な言葉なので、具体化すると、それは『自分以外の人間の集合』。

自分以外の誰かの言葉に頼り、誰かのアプローチを待って生きていたら、
(完全否定はもちろんしていないが)、夢を実現できなかった時に、きっと私たちは
自分以外の誰かを恨んでしまいます。

もしあなたに実現したい夢があるのなら、その舞台は自分で創りに行くもの。
自らがむしゃらになって掴み取るもの。
真実は自分の肌で感じるもの。

山口さんの言葉を3月に聞いた時、涙がこぼれた。

なぜ途上国に残るの??無謀な試みだと思わなかったのですか??と聞かれた彼女の答え。
それは想像を絶するほど『シンプル=腹落ちした』であった、

『皆知らないだけじゃないのかな・・
本当はこの国の人もできるってことを』


彼女にとって自らの夢を実現する場所はまさに、バングラデッシュ現地であった。

真実は、叶えたい夢は自分で掴みに行く。

『最後の授業』で有名なRandy Pausch氏も幻の講義で述べていましたが:

『壁。それは自分がどれだけ、
夢を実現したいかを試すためだけに存在する』


本当に叶えたい夢があれば、環境が創りだす壁は関係ない。

その壁の向こうにある世界を見たい、その心の声が聞こえたなら、今すぐ走り出せばいい。
目的を実現する場を0から創造すればいい。

その生き様は最初にどれだけ環境に馬鹿にされたとしても。
私はこの世の何より美しいと感じるのである。

そして本当に。
ICU サッカー部、リーグ優勝おめでとうございました。
感動しました。3年間のひたむきにチャレンジをしていた
選手を私は本当に尊敬しています。

お疲れ様でした。
そしてこれからの人生も最高に楽しんでください!







昨晩はブログの更新が出来ませんでした。
なぜなら、偽インフルでDOWNしていたからです。

久しぶりに寝てないと、しんどい状態でした。
12時間寝たので、今はこうしてPC画面に迎える状態まで復活出来ました。

さて、SDは現在朝の11時なのですが、
少し時間が空いているので、上記タイトルで簡単なメッセージを。

自分が以前よく使っていたフレーズの紹介です。(メンターS氏から頂きました)

あなたにとって、『ありがとう』の反対の言葉は何??











謝る系の言葉、『申し訳ない』、『ごめんなさい』等が来ると思いきや・・

おそらく本質的な答えは、今でも(これが腑に落ちたのは4カ月程前ですが、)
『当たり前』
私たちは毎日が来ることを『当たり前』としてとらえていませんか??
毎朝起きれば朝が来ることを、学校に行けば友人がいること、
将来について悩めること、この『瞬間』息を出来ていることを。

人生の意義について真剣に考えている人は多くいると思います。
私はなぜ生きているのか??
しかし、認識するべきは、自分は『生きている』からそういう問いに
挑戦が出来るということ。

人生良いことばかりではありません。
どうしても越えられないと感じる壁にぶつかることもあります。

しかし、それはあくまでも『自分』が感じる尺度をベースにしての『辛い』という感覚。

どんなに辛くても、あなたは『食べる』ことに不自由を感じていないかもしれません。
しっかりと夜寝られる『家』があるかもしれません。
あなたを支えてくれる『他者(家族、友人)』がいるかもしれません。

あなたにとって、上記のような瞬間は『当たり前』でしょうか??
それとも、毎日朝起きて『ありがとう』と言いたい対象でしょうか??

上記のような『ありがとう』と言いたい瞬間が
『当たり前』ではない世界が地球上には本当に多く存在します。

比較して相対化する故にその重要性が分かる。
それこそ『当たり前だ』と言ってしまえばそれまでです。
私たちはその瞬間から思考停止に陥ってしまう。
しかし気づくべきことは、
どんな状況でも、限界を決めるのは自分の思考
だということ。

どんなに辛くても、自分の世界を囲む『ありがとう』に目を向ければ、
瞬間にしてあなたの『世界』は色が鮮やかになります。

昨晩、死にそうになったので改めて考えてみた次第です。
アメリカで挑戦が出来る、夜中まで脳をちぎれるほど使えることに感謝。
世界中とこの瞬間連絡がとれる21世紀の文明に感謝。

そして友人の内藤さんが書籍『難病東大生』を出版しました。
是非チェックしてみてください。勇気が溢れると思います。











本日のテーマは:
『自分』の『定義』で『何か』を真に理解すること
について。
では冒頭にて、このブログでの前提共有をしたいと思います。
*****************************************************
【前提共有】
1.私たちの人生は、以下の3タイプの『出会い』で溢れています:
①初めての出会い
②毎日ある出会い
③稀な出会い(抽象的ですが、わかって頂けると思います)

2.そして『何か』と出会うにも以下の3タイプの形式があると思います:
1)自分で会いに行く
2)相手から会いに来てくれた
3)偶然(人との出会いに多いですね)会ってしまった
******************************************************
その中で、一体・・
私たちはどれだけの情報を、
『自分』の定義(=出来る限り自分の言葉)で
理解しようと努力をしていますか??

本日のテーマはこの『問い』から生じています。
この点について考えるのは意味があると私は思っています。
この『問い』を真剣に考えてみると、日常が『閃き』で爆発するからです。
そこで。
自分が暫定的に感じた答えを本日は語ってみたいと思います。

【Doubles の『定義』】

さて、何かを『自分のもの』として理解すること。
私はこれが出来るかどうかは大きな意味があると考えています。

世の中は、物と言葉、そして人との出会いで溢れています。
そして日々、情報量は増える一方です。
前提で確認した通り、その中には、
初めて出会うものもあれば、毎日出会うもの、たまにしか出会わないものがあると思います。

しかしどの状況においても、私たちの出会う姿勢が『受け身』な限り。
私たちはある意味、その『物の名前=定義』を抵抗なしに受け入れることに
慣れてしまっています。

私たちは、その物が持つ意味を当然のように受け入れてしまう。
小学校のレベルで言うと、~公式や~定理等々。
メディア関連で言えば、世界の裏側で起きている内戦、貧困等々。

その時私たちは。
毎度、『なぜこれは「こういう」意味なのだろう??』と考えずに、
言葉・定義を『道具』として認識している気がします。
自分の都合で使え、捨てれる『道具』として。

例えば、Facebookと聞いて:
『最近、すごい人気があるよね。創業者がすごいからな』
など言って、誰かから聞いた意見(INPUT)を疑わず、
Facebookに対しての見解を決めてしまうかもしれません。
それはそれで便利な解釈、理解だと思います。
そして正直そうしていれば、『暮らしやすい』とも思います。
なぜなら、:
コミュニケーション・議論の際に『情報』をただ聞いたまま、伝達するだけ
だからです。(もちろん、これは自分に対しても厳しく言っています)
しかし。
自分はどうしてもこの姿勢は『もったいなさ』を感じるのです。
なぜか??
それは:
私たちが思考停止に陥るからです。
物・言葉・人間には『常に始まり』があり、
その『本来の中身』はその『始まり』を辿らないと理解できない。
情報が溢れかえる時代だからこそ、『プロセス』で物事を追ってみること
例えば、I-Phoneが生まれた瞬間に戻り、
どういった意図でこの道具が創られ、なぜ成功したのか??
しっかりと自分から情報に出会いに行き、なぜ?と考えればきっと自分の言葉で説明が出来る。

あの情報はすごい、あの人は悪い、あの人には敵わない等々。
私たちは自分が『見たもの』をそのまま自分の『理解』として伝達していると、
認識する。

しかし、それは厳密にいえば勘違いではないでしょうか。
もし、そこで:
「なんかさ・・・その台詞どこかで聞いたことがある気がするんだよな。
同じテーマをあなたの『定義』で語ってみてくれない??』
と聞いたら、あなたはどう反応しますか??
こいつ、めんどくさいやつだな、と思うかもしれません。
それはおそらく・・
私たちが、自分にとっての『答え・定義』を大概真剣に考えたことがないから。考えようとしないから
なのでは、と思います。

私は個人的に以下のように考えています。
ただそのまま情報をINPUT→OUTPUTするのなら、コンピューターでもやってくれる。
私だったら、
何かと出会ったときに『あなた』の中で生じる『世界』の見方の変化
を知りたい。

世界でおそらく1人しか存在しない、あなたの『世界の見方』と出会いたい。

そう考えます。
さて、前提を踏まえまして。
もしどんな状況でも、どんな出会いだとしても、

なぜ??? この物、言葉、人の『定義』はこうなの??
と考え、出来る限りその『生まれた瞬間』に戻ってみる。
そうすると、自然とその物、言葉が生まれた瞬間の肌触り、重さ、匂い等が
自分にも伝わってくる。

二次的な情報しか手に入らなくても構わない。
本質はあなたが何かを知るために1歩踏み出す
ところにあるから。何かを純粋に知りたいこと。
そうすることで、世界の景色、自分が見える世界の広さ・深さは一瞬にして変化する。
そして、アイデアが無限に出てくる。

革新、閃き、感動はその小さな『問い』を出した瞬間から生まれる。

この文章全てに対しても疑いを抱きつつも、そう私は強く信じています。

そして。
San Diego での『My Ad-Venture』は始まろうとしています。
この話はまた次回お話したいと思います。
では今日も残りの時間を全力で楽しみましょう。


本日のテーマは『あなたと私の時間』について。
昨晩の内容を踏まえて、ぶつかってみたいと思います。

非常に難しい問題だと思いますが、あえて・・
あなたにとって『時間』とは何でしょうか??
本日、『時と空間の哲学』というクラスを受講。
相対性理論を改めて考えた時に、ふとこの問いが浮上しました。

よく『時間』はあなたの制約条件、Time is Money等々言われますが、
そもそもなぜ『時間』が大事なのかが分からない・・・ことって多くないでしょうか??

そして、なぜ重要なのかを自分で定義したことはなかったけれども、
何故か『時間』という資源(?)を無駄にしている??と感じませんでしょうか??
Time Management、How to本は多く巷に出回っていますが、
何故か『時間』を管理する習慣が身につかない。

どのようにAを使うかと言われても、そのAに客観的な姿が存在しない時。
誰も『時間』を触ったことがないように。
したがって、How to maximize Timeの前に、当然、
What does TIME mean to YOU??
を考える必要性がある。
本日は改めて『あなたと私の時間』について考えてみたいと思います。

【前提】

まずは自分の認識(相対性理論を基礎とする考え)を共有:
①『時間』のスピード・空間感覚は人それぞれ

②『時間』は物質として触れられない。厳密に『時間』とは『この瞬間』

①は当然かもしれませんが、改めて確認までに。
②についてもここから説明していきます。

その前提を踏まえた上で、私の『時間』に関する暫定的な考えは:
『時間』=『自分』
以下前提の補足をしつつ、説明していきたいと思います:

① 5歳時にとっての1年の長さは、全人生の5分の1。つまり全人生の20%に当たる。
30歳の母親にとっての1年の長さは、全人生の30分の1。つまり全人生の3%程度。
単純計算、一般的に論じて、『1年』の感覚は5歳児にとっての方が長く感じるのではないだろうか。
故に、誰かに向かって『自分の時間感覚』の絶対的なルール、感覚を基に、
説教(親→子、来年まで~を待ちなさい等)をすることは理不尽といえる。
私達は、1人1人『自分』の時間スピード・空間感覚も持っていると思います。

②宇宙が存在してから(スタートはないのか・・)、
人類が生まれてから、『時間』は進み、流れてきました。
体験的に『時間』が戻ることは感じたことがないかと思います。
唯一『時間』が戻っているように感じる時は、
あなたが『記憶』を頭の中で辿る時だけ。
その瞬間も、今生きているあなたの『時間』は流れています。

そして、時間軸があれば、その延長線上には『1秒後』の自分がいる。
その先には、『明日』の自分、『来週』の自分、『来月』、『来年』、『10年後』、と自分がいる・・
ように感じます。
しかし、これもあなたの『想像』の中での話。その瞬間も、『時間』は過ぎて行きます。

『次の瞬間』の自分を決めるのは『この瞬間』の自分。

そう考えたとき、あることに気づきます。
もしかしたら、『時間』は『自分』の人生そのものなのではないか。

『あなた』にとっての『時間』はあなたが生まれた瞬間から存在します。
もちろん、あなたが生まれる前も、死んだ後も時間は存在するでしょう。
しかし、現在生きている、息を吸っている、考えているあなたにとって
唯一確かなもの、感じられるものは、この瞬間の『あなた』。
もしあなたが次の瞬間死んでしまったら、
『あなた』にとっての『時間』は消滅するのではないでしょうか。

もしMatrix的なストーリーがあったとして。
私達がこの『瞬間』世界に第三者によって生み落とされていたとしても、
『記憶』という過去が本当に自分が体験したものでなくても。
『今』の自分、『このブログを呼んでいる瞬間』の自分は『自分』でしょう。

過去も未来も、見方は『今のあなた』次第。
5年前の自分を考えるときと、10年前の自分を5年後に考えるのでは、
見方がおそらく変わります。

上記の議論を踏まえて、なぜ『時間』は大事にするのか??
それはやはり:
『時間』=『自分』だから。

多くの人間は皆、自分が大事だと感じるでしょう。
しかし、なぜ自分が大事なのか??といわれてもなかなか答えづらいと思います。
それと同じ言葉にはできない『理由』で。そんな儚い想いで『時間』と向き合ってみる。

時間はあなたが管理する『自分とは切り離された』資源ではない。
他人との関係の中で『自分』を守るように、『自分』を活かすように、
『今』を、大事に出来たら。

任天堂のCEO岩田氏が仰っていましたが、
きっと10年後のあなたから『ありがとう』
と言われるのではないでしょうか。

『あなた』が最も輝く場所へ行けるように。
『今』を全力で生き抜いてみませんか??





本日のブログは『リソースパラドックス』について。
和訳は:『資源が多いことによって生じる矛盾』、です。

先程まで、エジプト人のルームメイトA氏と3時間程:
『なぜ私達は生きるのか??』
というテーマについて語りました。
いや、盛り上がった。

そこで改めて学んだことを本日は紹介したいと思います。

【前提】
私達は1000年前、100年前、10年前、1年前に比べて、
はるかに多くの『選択肢』を知っている。(意識・無意識にせよ)

A氏の議論は:
『人生を生きる目的(Z)が分からない。選択肢≒リソース(X)はいくらでもあるし、その中から、自分が最も好きなもの(Y)を見つけることは不可能→なぜ生きるの??』

A氏は哲学と科学両方において知見が深く、日々学ばせてもらっているのですが、
ここではがっつりとぶつからせてもらいました。

選択肢(≒リソース)が多いこと。
それは、ある意味『後悔』する可能性が多くなったことを意味している。
数ある選択肢の中から、自分はなぜ『これ』を選ぶのか??
選択肢が少なければ考えずに済みましたが、
1つ以上リソースがあれば、必ず『不確実性』が残る。
あっちをとっていればな・・そう考えてしまうのが人間の性だと思います。

そして、そういった精神状態で、選んだXにぶつかっても
なかなかうまく行かない、諦めてしまう。
そして、『あの人が出来たのは、才能があったからだ』という
『結論から判断』する罠にはまってしまう。
そして目の前にある選択肢の多さと
残り50年程向き合っていくことに疲れを感じてしまう。

もし何をやっても、それを心の底から楽しむことが不可能であれば、生きている意味ってあるのかな??

私は改めて自分の経験が形成した世界観と向き合い、
それを彼にぶつけた。

プロセスから読み取った、本気で人生を生きてしまう人に見られる道筋
それはおそらく。

① X自体が堪らなく好きな者が結果としてZを実現し、Yと呼ばれること。

② Zとある日出会い、それを実現する手段として改めてXに向き合い、Zを現実化するためにひたむきにチャンレンジできたものが結果として、Zを実現し、Yと呼ばれること。

別にXのY(=プロ、偉人)になることが目的ではない。

もしYになりたいのなら、X選びに確かに迷って人生は終わってしまう。
そして、それは難しく、苦しい道。

しかし、もし無条件で実現したいX, 又はZを見つけたとき。
『リソースパラドックス』はきっと超越される。

なぜなら。
自分が言葉では説明が出来ない程、腑に落ちる『選択』を
見つけたとき、Everything else is Secondary (Steven Jobs)になるから。

自分がいつ、どのような形で人生の炎を燃やせるX, Zに出会えるかは誰もわからない。
How to マニュアルも、決まった答えも存在しない。

しかし、人生をアツく生きた先駆者から学べる根源的な学びは:

出会いが人を変える

こと。出会いが人を気づかせ、進化・深化させてくれること。
山に1人で何十年とこもっていても、なかなかXもZも見つからない。

本でも人でも何でもいい。
自分の周りは『出会いのチャンス』で満ち溢れているではないか。

部屋を飛び出し、世界を駆け巡り、
世界にぶつかっていくことで、きっと誰にでも『生きる理由』が見つかるはず。

不可能は存在しない

気づけばそうアツく語っていて、
『初心』を再認識できた夜になりました。







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