上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
非連続の飛躍。
今回はこの荘厳なテーマで攻めてみようと思う。


現在、日本の過半数の産業・業界は成熟しきっている。
大手企業の成長は低迷している。

特に製造業にとって現状は非常につらい。
内需ではもう持続しないビジネス体系。
既に縮小してしまったパイを狙って多くの競合としのぎを削る。

輸出頼み企業は為替相場の動きで一喜一憂している。

こんな不安定な企業が日本を今後30年間牽引出来るのか?
答えはノーではないだろうか。

現在のシステム上で、常識に捕らわれて、枠の中で考えていても
真に革新的なものは生まれないのではないだろうか。

21世紀、日本でもGOOGLEばりのVISIONARY COMPANYが求められている。
非連続を飛び越える発想の転換が必要とされている。

ここで鍵になるフレーズが俗に言う「セレンディピティー」である。

セレンディピティー:何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」のことを指す。(平たく云えば、ふとした偶然をきっかけに、幸運を掴む事。(wiki)

非常に興味深い概念ではないか。

実は過去の偉大な発見をした(既成概念を突破した)科学者には共通して
セレンディピティーが訪れている。

例えばニュートン。かれがりんごが落ちる絵を見て、重力の存在を発見したというのは有名すぎる話だ。

だがちょっと待って欲しい。

ニュートンが生きたのは地球が誕生した年だろうか?
いや違う。彼が生きたのは17世紀。
それまでに一体どれだけの人々がりんごが落ちる瞬間も目撃しただろうか。

おそらく彼らは目撃したとしても、素通りしていただろう。

なぜなら、日頃その現象について全く(ほとんど)考えたことがなかったからだ。
ニュートンは違う。

彼はその日に至るまでに、常々重力のような不思議な力の存在に対して興味を抱いていた。

なぜ、なぜ、なぜ?

その瞬間目の前でりんごが落下する。そして彼は閃いたわけだ。
アルキメデスも同様。浮力の存在を発見以前から意識いていたからその時「気づけた」

つまり何がいいたいかというと、実は歴史上の信じられない大発見・大発明は
天才的な素質だけではなく、「セレンディピティー」という面白い現象が内在している、ということだ。

換言すると、既成概念に対して疑問を抱くこと。
当たり前のことを改めて問い直してみること。

それは実は非常に「非連続ジャンプ」のために重要なことなのである。

新しい価値の創造。非常に困難に聞こえるこのフレーズ。
だがこのアウトプットはなぜ?というはじめはシンプルなインプットから始まっているのである。

そう考えると、毎日に新鮮なEdgeが組み込まれる。

常識を問い直し続け、自問自答を繰り返したとき、
新しい価値創造のためのアイデアが溢れ出してくることに私たちは気づくはずだ。

それが世界と「同期化」したとき、
私たちは日本を、世界を変えることができるのではないだろうか。

★わくわく、いきいき、にこにこ★
これを見て一体何のこっちゃと思った方が多いだろう。

実はこの三つのどうでもよさそうな言葉が30年後の日本を代表する企業の必要条件らしい。

これは私の尊敬する志高い先輩がValue Createという会社の経営者説明会で得た見識である。
ここでは、その貴重な情報を私なりに解釈したものを述べたいと思う。

まずは、企業を例にとってみよう。
2009年、昨今の金融危機によって企業経営は修羅場を迎えている。
企業業績を判断する尺度である貸借対照表、損益計算賞、キャッシュフローシートなどを見て、
この企業には可能性がある、伸びしろがあると一喜一憂している投資家。
目先の業績、数字によって企業成長は真に反映されているのだろうか??

こんな疑問は誰もがもつはずである。
その霧をかっ飛ばしてくれるのがValue Createの価値観である。
ここに勤めている経営者の方の経験は多くのことを語っている。

彼は30年前ほど前、とある米造船会社で投資アドバイザリーを目的とした現地調査を行った。
その際に、訪れた工場で働いている人々は「わくわく」していたそうだ。
当時、ぎりぎりの収益しか上げていなかった造船会社の従業員が「いきいき」しながら毎日を送っていたそうだ。

その時、彼はこの会社に対してなぜか可能性を感じてしまったらしい。
もちろん、その可能性、潜在能力は数字として現れていなかったのに、だ。

そして30年後、その造船会社はアメリカを代表する大手企業に成長した。

数字、金融資産、見える資産だけを評価していた人間が一体どうしてこの成長を予期できただろう。
そういった投資家にはこの企業の可能性は見えなかったのである。

そこで、現Value Create経営者は「見えない資産」の重要性を痛感した。
日本のいわゆるVisionary Companyと呼ばれる会社にもこういった傾向がやはりあるらしい。
Sony, Panasonic, Toshiba etc..

そう考えると企業を見る際にこちらも「わくわく」してくる。
この企業の経営理念はかっこいいとか、憧れるとか・・数字以外の様々な見方が出てくる。

企業組織内に「わくわく」があるか・・・組織資産
従業員が「いきいき」しているか・・・人的資本
顧客が「にこにこ」しているか・・・顧客資産

30年後に日本を引っ張る企業には、この三つが大きな意味をもってくる。

実はこれと同じことが「日本」という企業においても語れるのではないだろうか。
日本の成長率の低下が叫ばれて久しい。
GDPのマイナス成長、OECDとほぼ最下位の状況。

だがこれは数量評価の話だ。
ボックスの中身を真に評価してみよう。

その時に、日本人は「わくわく」・「いきいき」・「にこにこ」
しているだろうか。

日本という国に対して希望を持っているだろうか。

そこから、「世界を変える」必要性を私は切実に感じる。

30年後~50年後の日本像を想像しながら。

そこで想起する。オバマ大統領率いるアメリカは「わくわく」しているじゃないか。

私は、世界と相対的に比較した上で、世界に向かって「日本は素晴らしい」と
大声で自慢できるような日本にしたい。

そして世界中の人間が「わくわく」できるようなインフラ作り、環境提供を行う。
日本の若者、インドネシアの小学生、ケニヤの幼児をもつ母親が「にこにこ」できるような
価値提供が出きる企業を創る。

誰かがやるのを待っても一生変わらないかもしれない。

その事業プランを本気で構成しながら、私は思わず「わくわく」していることに気づいた。


今日私は、株式会社ネクストの社長、井上高志さんのお話を聞いた。
本気で感動した。
鳥肌立って、涙さえ出そうになった。

井上さんの最初の発言。「私の人生の目標は世界平和です」。この言葉を聴いた時、やられた・・と思って呆気にとられた。
だって、あなたの事業はネットを媒体にした不動産仲介でしょ?どうやって世界平和を実現するの?どこにそんな根拠があるの?様々な疑問が浮かび上がってきた。

世の中にはこういった言葉に対する解釈が3通りあるのではないだろうか。
それを綺麗ごと、非現実的だと言って馬鹿にする人間。
馬鹿にしないが、何も感じない人間。動かない人間。
その言葉を信じる人間。その夢を追いかける人間。

おそらく雑誌で同じことを読んでいたとしたら私は「その言葉を信じる人間」にはなれなかった。
だが、井上さんの言葉~その声とその時の輝いた目~を見たとき、この人は「本気」だ。そう120%感じた。
不動産はあくまでも出発段階の切り口。目標はまだまだ大きい。だが、一人ひとりの生活に対する「不」の部分、

不満
不安
不透明

それらの「不」を一つ一つ解決するシステムを作れば、絶対世界はより幸せになるし、そのモデルは現在ネクストが取り組んでいる事業と密接不可分に関わっている。

井上社長の掲げる「利他主義」。それは雑誌で読んだら偽善にしか聞こえない。
だがそれを人生の目標にして、実際に行動を起こしている彼を誰が偽善者と呼べるのだろう?
利他主義が手段であれば偽善かもしれない。だがそれが目標になった時、利他主義は綺麗ごとではなくなる。時には苦痛が必ず伴うだろう。失敗もする。だが、目標が自己満足だけでないから頑張れる。失敗を活かせる。

そして何故私が感動したかというと、自分もその目標が完璧に見えてしまったからだ。夢と夢がシンクロナイズする瞬間。鳥肌もんだった。
自分が最近抱いていた「社会貢献ビジネス」に対する疑問を吹っ飛ばすには十分すぎるほど荘厳なお言葉だった。

見えるものを信じるのは当たり前。
見えるものを創るのも当たり前。
でも、見えないものを信じて、それを形にすることは当たり前ではない。
けれども、それが実現されたときの感激はお金には絶対返られないし、その瞬間心底、生きてて良かったって思える。

参加者全員がプラカードに自分の目標を書いて掲げたとき、私は井上さんに選ばれ、発言した。
私が書いた夢は「社会貢献をビジネスモデルに。「与える」起業!!」その目標達成のために毎日邁進している。具体案を出して自分としてはアツく語った。

説明を聞いた井上さんは激励してくれた。
出来る、出来ないかじゃないよな。やるか、やらないかだよな。
こう言ってくれた時、この人物がとてつもなくかっこよく見えた。かっこよすぎだった。
目標を追いかけている人の目ってこんなに綺麗なんだなと思った。

米のGeneral Electronic前社長ジャックウェルチがリーダーシップに不可欠な4Eを挙げている。

Energy
Energize
Edge
Execute

最後のExecuteが一番大変で難しい点。自分の軸を一貫して貫きとおす。どんな修羅場に立たされてもだ。この点に対して私は懸念を抱いていた。自分は本当に無条件に「与える」人間になれるのか。
この一週間、目標を再確認していた自分にとって井上さんとの出会いは奇跡的だった。

「現状に満足しないで革進し続ける。次へ、その次へ、NEXT。」
またしても出会いに救われた。

二十歳の誕生日プレゼントとして、一番「今」の自分が欲しかったプレゼントだった。
今日は1月21日。1月に入ってから早三週間が経つ。
ちなみに本日はまいぶらざー神馬の誕生日。ついに彼も二十歳です。
そしてオバマ先生がついに就任。変革に次ぐ変革を期待したい。

それにしても、ここまで短期間だったけれども、毎日の濃度の高さを痛感。
目標を軸にして「行動力」を第一に突っ走ってきた毎日は、本当に充実していた。
だがひとつ分かったが、正直学校の勉強に圧倒的に手が回らない、そしてこんなことを考える自分が好きなようで嫌いでもある。
せっかく親が高い授業料を支払ってくれているのだから、学問も献身的に行いたいものだが、いかんせん学問より自分にとって刺激的で面白いことを見つけてしまった。これが感情的で甘い論理。

頭を使って冷静に考えると、授業に行く・行かないもトレードオフの関係にあることを再認識する。今自分が考えていることはその典型的な事例といえる。
大きな絵で考えれば、人生において選択と機会費用は密接不可分。つまり、このケースでは大学の勉強をある程度妥協して、より自分のためになる事柄に熱中(投資)するのであれば、それはそれで間違いではないはずだ。その代わりに、自分が現在享受している「自由」という名のコストを間接的に負担してくれている親に、将来的に恩返しが出来れば何よりである。






前回の内容を踏まえて、今回は「人生における慣性の法則」について最近考えていたことを少々述べたいと思う。

理論的に慣性の法則は、対象となっている物体単独では成立しない。これは何を指摘しているかというと、あなたの周りの人間、自分の外の世界が存在することで「モノは動き出す」。
自分を刺激してくれる人間が周りの環境にいるかいないかで人間良くも悪くも本当に変わる・変われる。

だが自分が生まれてくる環境を自分は選べない。しかし人生は一回きり。
不公平だがスタート地点は皆異なっている。勢いに乗る時期は環境だけを見ても十人十色。
その中では一生加速せずに安定した人生を歩む人も数え切れないほどいるだろう。その事実を認識して敢えてその道を歩む人、その事実に気づかずに歩む人。もちろんそういった人生を否定する気は毛頭ない。もしその選択を何度も自問自答した後に出すのなら、(その人が生きている環境という条件化)で考えて選ぶのなら。

当たり前かもしれないが、勢いがあることは面白いと共に、危険を伴う。なぜなら動いていることは止まっているより不安定であるからだ。だが安定性=日常性と置いたとき、不安定性=非日常性とも考えられる。つまり後者は毎日が新鮮でドキドキする出会いで溢れているわけである。
この捉え方はその人の尺度(環境によって培われた尺度)によって異なるが、少なくとも私は非日常性が大好きでたまらない。不安定だって構わない。というより(傲慢に聞こえるかもしれないが)敷かれたレールはもう歩き飽きたようだ。以前目的がなかった時には不確実で危険にしか見えなかった行動・思想が、今は「健全なリスク」として捉えることが出来る。取る価値のあるリスクに見える。
そしてこの価値観が、もちろん私が生きている環境によって培われたということは言うまでもないだろう。

だが、ここで悲観的に環境を捉えないことが重要らしい。確かに私たちは生まれる環境は選べない。だが「私たちには自分が生きたい環境を創る」ことは出来る。そう、自ら環境を創るのである。

故に、外界から刺激を受けて、「慣性の法則」という素晴らしいスキルを手にした人間は、ある種の素晴らしい責任を負っていると私は考える。
それはどんな責任だろう?

それは「刺激された事柄を活かして、次は自分が他の人間を動かす」責任だ。
世の中の 理想は間違いなくGive & Take。ほぼ絶対。あまり断定的な主張は好まないが、これには確信がある。

私は人生が「慣性の法則」のように動き出したことを最近痛感する。
その一番大きな理由は、自分が理論をついに実践に移し出し始めたからであろう。毎日起床と共に、躍動感あふれるチャレンジ精神がこみ上げてくる。その根拠は繰り返すが、「非日常性」。
その非日常性の中で、出会う人間に対して何かを与える。
誰かに「勢い」を与えることが出来た瞬間、その喜びはプライスレスではないだろうか(お金をあげて人にモチベーションをつけるというのは短期的解決にしかならないので考慮しない)。

この精神がEach One Teach Oneに他ならない。
勢いに乗った自分がどこまで行けるのかワクワクする今日この頃。挫折しても構わない。
成功する自信を持ちつつ、むしろ失敗はウェルカムという姿勢。
「止められない自分」がここにいる。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。