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本日のテーマは:
『自分』の『定義』で『何か』を真に理解すること
について。
では冒頭にて、このブログでの前提共有をしたいと思います。
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【前提共有】
1.私たちの人生は、以下の3タイプの『出会い』で溢れています:
①初めての出会い
②毎日ある出会い
③稀な出会い(抽象的ですが、わかって頂けると思います)

2.そして『何か』と出会うにも以下の3タイプの形式があると思います:
1)自分で会いに行く
2)相手から会いに来てくれた
3)偶然(人との出会いに多いですね)会ってしまった
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その中で、一体・・
私たちはどれだけの情報を、
『自分』の定義(=出来る限り自分の言葉)で
理解しようと努力をしていますか??

本日のテーマはこの『問い』から生じています。
この点について考えるのは意味があると私は思っています。
この『問い』を真剣に考えてみると、日常が『閃き』で爆発するからです。
そこで。
自分が暫定的に感じた答えを本日は語ってみたいと思います。

【Doubles の『定義』】

さて、何かを『自分のもの』として理解すること。
私はこれが出来るかどうかは大きな意味があると考えています。

世の中は、物と言葉、そして人との出会いで溢れています。
そして日々、情報量は増える一方です。
前提で確認した通り、その中には、
初めて出会うものもあれば、毎日出会うもの、たまにしか出会わないものがあると思います。

しかしどの状況においても、私たちの出会う姿勢が『受け身』な限り。
私たちはある意味、その『物の名前=定義』を抵抗なしに受け入れることに
慣れてしまっています。

私たちは、その物が持つ意味を当然のように受け入れてしまう。
小学校のレベルで言うと、~公式や~定理等々。
メディア関連で言えば、世界の裏側で起きている内戦、貧困等々。

その時私たちは。
毎度、『なぜこれは「こういう」意味なのだろう??』と考えずに、
言葉・定義を『道具』として認識している気がします。
自分の都合で使え、捨てれる『道具』として。

例えば、Facebookと聞いて:
『最近、すごい人気があるよね。創業者がすごいからな』
など言って、誰かから聞いた意見(INPUT)を疑わず、
Facebookに対しての見解を決めてしまうかもしれません。
それはそれで便利な解釈、理解だと思います。
そして正直そうしていれば、『暮らしやすい』とも思います。
なぜなら、:
コミュニケーション・議論の際に『情報』をただ聞いたまま、伝達するだけ
だからです。(もちろん、これは自分に対しても厳しく言っています)
しかし。
自分はどうしてもこの姿勢は『もったいなさ』を感じるのです。
なぜか??
それは:
私たちが思考停止に陥るからです。
物・言葉・人間には『常に始まり』があり、
その『本来の中身』はその『始まり』を辿らないと理解できない。
情報が溢れかえる時代だからこそ、『プロセス』で物事を追ってみること
例えば、I-Phoneが生まれた瞬間に戻り、
どういった意図でこの道具が創られ、なぜ成功したのか??
しっかりと自分から情報に出会いに行き、なぜ?と考えればきっと自分の言葉で説明が出来る。

あの情報はすごい、あの人は悪い、あの人には敵わない等々。
私たちは自分が『見たもの』をそのまま自分の『理解』として伝達していると、
認識する。

しかし、それは厳密にいえば勘違いではないでしょうか。
もし、そこで:
「なんかさ・・・その台詞どこかで聞いたことがある気がするんだよな。
同じテーマをあなたの『定義』で語ってみてくれない??』
と聞いたら、あなたはどう反応しますか??
こいつ、めんどくさいやつだな、と思うかもしれません。
それはおそらく・・
私たちが、自分にとっての『答え・定義』を大概真剣に考えたことがないから。考えようとしないから
なのでは、と思います。

私は個人的に以下のように考えています。
ただそのまま情報をINPUT→OUTPUTするのなら、コンピューターでもやってくれる。
私だったら、
何かと出会ったときに『あなた』の中で生じる『世界』の見方の変化
を知りたい。

世界でおそらく1人しか存在しない、あなたの『世界の見方』と出会いたい。

そう考えます。
さて、前提を踏まえまして。
もしどんな状況でも、どんな出会いだとしても、

なぜ??? この物、言葉、人の『定義』はこうなの??
と考え、出来る限りその『生まれた瞬間』に戻ってみる。
そうすると、自然とその物、言葉が生まれた瞬間の肌触り、重さ、匂い等が
自分にも伝わってくる。

二次的な情報しか手に入らなくても構わない。
本質はあなたが何かを知るために1歩踏み出す
ところにあるから。何かを純粋に知りたいこと。
そうすることで、世界の景色、自分が見える世界の広さ・深さは一瞬にして変化する。
そして、アイデアが無限に出てくる。

革新、閃き、感動はその小さな『問い』を出した瞬間から生まれる。

この文章全てに対しても疑いを抱きつつも、そう私は強く信じています。

そして。
San Diego での『My Ad-Venture』は始まろうとしています。
この話はまた次回お話したいと思います。
では今日も残りの時間を全力で楽しみましょう。


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