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本日は2週間程前から始めた新たなプロジェクトについてお話します。

テーマは題名通り:
世界教育×ソーシャルメディア
新規事業を創造する試み。
上記リンクから自分が本日作成したWeb Siteに飛べます。
さて、早速想いをぶつけさせて頂きます。

私の『今』描く夢

Dreams for Asia当初から変わらない。私の夢は:
『生まれた場所に関係なく、誰もが同様に学びを通して
自らの世界を無限に広げることが出来る世界の創造』


ベトナム・カンボジアに行った際に強烈に感じた豊かさの『矛盾』。
現地の子供達には本当に驚きという有り触れた言葉では説明ができないほどの
経験をプレゼントして頂いた。
彼ら/彼女は物質的な裕福さを超えた、自然な幸せを享受しているように感じました。

『先進国』という場所で生まれ、『教育』を受けてきた自分に対する違和感。
お金があって、社会的な成功を得ても何もすごくない。
裸になってしまえば何も残らない生き方に気づき、
社会が決める『成功』に別れを告げる覚悟を決めた。

そして、学校という枠組みを設ける以前の段階で、
自発的に私たちが学べる知の源泉といえる『本』にフォーカスし、
この夏は仕掛けた。それがDreams for Asiaの基礎。

そして2009年10月、現在。
自分は『世界教育×ソーシャルメディア』
という枠組みで勝負をしかけます。

まず前提共有

①世界教育とは一体何か??

自分の中での世界教育とは:
世界中の人間がWebを駆使することで、
リアルタイムで、学校という制約を超えた本質的な学びが共有される

ことです。
学びの本質を改めて考えると、
別に先生-生徒という関係でなくても良い。
別に建物の中で、座りながら勉強をしなくても良い。
私たちは心を真に開けば『何から』でも学べます。
学びの本質は『好奇心』だと私は信じています。
知りたいから知る
本当にやりたいことが見つかったとき、
理由は非常にシンプルなのだと感じます。
自分が哲学的(定義が難しいですが;;)な対話が好きということもありますが。
科学の分野での技術イノベーションも同様なマインドセットだと思います。

もちろん、学校ではWhat??を教えてくれます。
そして社会に出れば、How??を教えてもらえます。
しかし。本来は子供の頃に爆発していたはずのWhy??は教えてもらえずに
多くの人間はこの世を去ってしまいます。

Why??というチャレンジを本気で行わないと、社会が決めた定義を所与として
私達は生きてしまう。
正直、もったいない。そう私は感じます。

その問題意識を下に、私は『学校』という枠組みを超えた、
世界中の誰もがリアルタイムで『問い』を投げ、
対話が出来るプラットフォーム
を創造することを決意しました。

②ソーシャルメディアとは何??

21世紀は『時空』という制約に意味がなくなってきています。
どれだけ空間的に離れていても、リアルタイムで世界中の人間と
繋がり合える。そんなわくわくする時代に私たちは生きています。

Blogから始まり、Facebookを代表とするSocial Network Service、Twitterを代表とするShort Messenger Service、YouTubeを代表とするVideo投稿サイト,Google Waveを代表とする E-Mail 統合機能サービス、Flickrを代表とする写真共有サイト等々。
例をあげたらきりがなく、それらは日々進化・深化していっています。

目的さえ見つからば、世界の果てにいる先住民とだって『この瞬間』に出会てしまう。

そしてソーシャルメディアは、私たちGrassrootsの人間に無限の可能性を提供してくました。
あなたの声は必ず、誰かが聞いてくれる。
どうしようもなく実現したい夢があれば、それは不可能ではない時代。
それが『今』です。

そんな幸運な時代に生まれた自分がどうしても死ぬまでに残したい価値。
それは:
『世界中の知が時空を超えて繋げ、
全人類が自らの可能性を無限大に広げられる世界を「今」描く』

こと。

誰もがWebインフラさえ整っていれば(こちらの課題も同時に取り組みます)、
共に知恵を共有し合い、Grassrootsから世界を変えられる未来。

その創造に『今』チャレンジしたいと思います。
共に旅に出てやろうではないか、という方は是非ともご連絡ください。
アイデアをがんがんシェア出来れば幸いです。

下記『繋がりURL』です。

★世界教育×ソーシャルメディア:Wiki Web
★Twitter Account: Doubles9124



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1週間程ブランクが空いてしまいましたが、
様々な思考・チャレンジを試みながら、
引き続き『革命』を続けているDoubles in San Diego です。

さて、本日の内容。
それは、今年の初めから自分に原動力を与えて下さっている
山口絵理子さんのドキュメンタリーから感じ取った『問い』から生まれています。

いきなりですが、夢を追いかける人の笑顔は本当に美しい、そう強く感じるのは
私だけでしょうか?

山口さんという女性の生き様は本当に美しい。
アジアについての『真実』を知りたかった
そう感じた彼女は、気づいたら日本にいてもたってもいられなくなり、
自ら真実を発見しに旅立ちました。

『途上国』という言葉・概念に違和感を覚え、1人でバングラデッシュに直接行き
そこで大学院、起業という道程を歩んだ山口さんの背中から発されるメッセージ、生き様。

ドキュメンタリー動画は下記リンクからご覧になれます。
(3篇構成ですが、こちらは3篇目の動画になります。メッセージは十二分に伝わると思いますが、
もし前提知識が欲しい場合は一篇目からどうぞ)

情熱大陸 山口絵理子

私のMother Houseのバッグに対する想いは山口さん、そして現地で働いている職人たちに対する
感謝・尊敬の気持ちで繋がっている。
同情を超えて、その商品1つ1つに宿る想いに惹かれる。

世間に馬鹿にされるようなチャレンジをした彼女は現在、
自らが輝く舞台に立っていると強く感じます。

そこで浮上する問い。
自分とその世界との関係をどのようにして認識し、
あなたは生きていくのか??

その『問い』は私たちが世界と繋がりをもつ以上、
死ぬまで向き合わないといけないものだと思います。

あなたは現在、自分の夢を実現する舞台に立っていますか?

私たちは、自分がもし失敗をしたり、都合が悪い時。
自分が望んだ舞台に立てなかった時。

自分のどこかに問題があったと分かりつつも、私たちはその意思決定をした際に
自分を取り囲んでいた『環境』に対して、責任を押しつけたくなるのではないでしょうか??

あの人があの時~と言っていたから当時はやらなかったけど、
実際やってみたら自分が思っていたものと違った。損をした。

『環境』とは抽象的な言葉なので、具体化すると、それは『自分以外の人間の集合』。

自分以外の誰かの言葉に頼り、誰かのアプローチを待って生きていたら、
(完全否定はもちろんしていないが)、夢を実現できなかった時に、きっと私たちは
自分以外の誰かを恨んでしまいます。

もしあなたに実現したい夢があるのなら、その舞台は自分で創りに行くもの。
自らがむしゃらになって掴み取るもの。
真実は自分の肌で感じるもの。

山口さんの言葉を3月に聞いた時、涙がこぼれた。

なぜ途上国に残るの??無謀な試みだと思わなかったのですか??と聞かれた彼女の答え。
それは想像を絶するほど『シンプル=腹落ちした』であった、

『皆知らないだけじゃないのかな・・
本当はこの国の人もできるってことを』


彼女にとって自らの夢を実現する場所はまさに、バングラデッシュ現地であった。

真実は、叶えたい夢は自分で掴みに行く。

『最後の授業』で有名なRandy Pausch氏も幻の講義で述べていましたが:

『壁。それは自分がどれだけ、
夢を実現したいかを試すためだけに存在する』


本当に叶えたい夢があれば、環境が創りだす壁は関係ない。

その壁の向こうにある世界を見たい、その心の声が聞こえたなら、今すぐ走り出せばいい。
目的を実現する場を0から創造すればいい。

その生き様は最初にどれだけ環境に馬鹿にされたとしても。
私はこの世の何より美しいと感じるのである。

そして本当に。
ICU サッカー部、リーグ優勝おめでとうございました。
感動しました。3年間のひたむきにチャレンジをしていた
選手を私は本当に尊敬しています。

お疲れ様でした。
そしてこれからの人生も最高に楽しんでください!







昨晩はブログの更新が出来ませんでした。
なぜなら、偽インフルでDOWNしていたからです。

久しぶりに寝てないと、しんどい状態でした。
12時間寝たので、今はこうしてPC画面に迎える状態まで復活出来ました。

さて、SDは現在朝の11時なのですが、
少し時間が空いているので、上記タイトルで簡単なメッセージを。

自分が以前よく使っていたフレーズの紹介です。(メンターS氏から頂きました)

あなたにとって、『ありがとう』の反対の言葉は何??











謝る系の言葉、『申し訳ない』、『ごめんなさい』等が来ると思いきや・・

おそらく本質的な答えは、今でも(これが腑に落ちたのは4カ月程前ですが、)
『当たり前』
私たちは毎日が来ることを『当たり前』としてとらえていませんか??
毎朝起きれば朝が来ることを、学校に行けば友人がいること、
将来について悩めること、この『瞬間』息を出来ていることを。

人生の意義について真剣に考えている人は多くいると思います。
私はなぜ生きているのか??
しかし、認識するべきは、自分は『生きている』からそういう問いに
挑戦が出来るということ。

人生良いことばかりではありません。
どうしても越えられないと感じる壁にぶつかることもあります。

しかし、それはあくまでも『自分』が感じる尺度をベースにしての『辛い』という感覚。

どんなに辛くても、あなたは『食べる』ことに不自由を感じていないかもしれません。
しっかりと夜寝られる『家』があるかもしれません。
あなたを支えてくれる『他者(家族、友人)』がいるかもしれません。

あなたにとって、上記のような瞬間は『当たり前』でしょうか??
それとも、毎日朝起きて『ありがとう』と言いたい対象でしょうか??

上記のような『ありがとう』と言いたい瞬間が
『当たり前』ではない世界が地球上には本当に多く存在します。

比較して相対化する故にその重要性が分かる。
それこそ『当たり前だ』と言ってしまえばそれまでです。
私たちはその瞬間から思考停止に陥ってしまう。
しかし気づくべきことは、
どんな状況でも、限界を決めるのは自分の思考
だということ。

どんなに辛くても、自分の世界を囲む『ありがとう』に目を向ければ、
瞬間にしてあなたの『世界』は色が鮮やかになります。

昨晩、死にそうになったので改めて考えてみた次第です。
アメリカで挑戦が出来る、夜中まで脳をちぎれるほど使えることに感謝。
世界中とこの瞬間連絡がとれる21世紀の文明に感謝。

そして友人の内藤さんが書籍『難病東大生』を出版しました。
是非チェックしてみてください。勇気が溢れると思います。











本日のテーマは:
『自分』の『定義』で『何か』を真に理解すること
について。
では冒頭にて、このブログでの前提共有をしたいと思います。
*****************************************************
【前提共有】
1.私たちの人生は、以下の3タイプの『出会い』で溢れています:
①初めての出会い
②毎日ある出会い
③稀な出会い(抽象的ですが、わかって頂けると思います)

2.そして『何か』と出会うにも以下の3タイプの形式があると思います:
1)自分で会いに行く
2)相手から会いに来てくれた
3)偶然(人との出会いに多いですね)会ってしまった
******************************************************
その中で、一体・・
私たちはどれだけの情報を、
『自分』の定義(=出来る限り自分の言葉)で
理解しようと努力をしていますか??

本日のテーマはこの『問い』から生じています。
この点について考えるのは意味があると私は思っています。
この『問い』を真剣に考えてみると、日常が『閃き』で爆発するからです。
そこで。
自分が暫定的に感じた答えを本日は語ってみたいと思います。

【Doubles の『定義』】

さて、何かを『自分のもの』として理解すること。
私はこれが出来るかどうかは大きな意味があると考えています。

世の中は、物と言葉、そして人との出会いで溢れています。
そして日々、情報量は増える一方です。
前提で確認した通り、その中には、
初めて出会うものもあれば、毎日出会うもの、たまにしか出会わないものがあると思います。

しかしどの状況においても、私たちの出会う姿勢が『受け身』な限り。
私たちはある意味、その『物の名前=定義』を抵抗なしに受け入れることに
慣れてしまっています。

私たちは、その物が持つ意味を当然のように受け入れてしまう。
小学校のレベルで言うと、~公式や~定理等々。
メディア関連で言えば、世界の裏側で起きている内戦、貧困等々。

その時私たちは。
毎度、『なぜこれは「こういう」意味なのだろう??』と考えずに、
言葉・定義を『道具』として認識している気がします。
自分の都合で使え、捨てれる『道具』として。

例えば、Facebookと聞いて:
『最近、すごい人気があるよね。創業者がすごいからな』
など言って、誰かから聞いた意見(INPUT)を疑わず、
Facebookに対しての見解を決めてしまうかもしれません。
それはそれで便利な解釈、理解だと思います。
そして正直そうしていれば、『暮らしやすい』とも思います。
なぜなら、:
コミュニケーション・議論の際に『情報』をただ聞いたまま、伝達するだけ
だからです。(もちろん、これは自分に対しても厳しく言っています)
しかし。
自分はどうしてもこの姿勢は『もったいなさ』を感じるのです。
なぜか??
それは:
私たちが思考停止に陥るからです。
物・言葉・人間には『常に始まり』があり、
その『本来の中身』はその『始まり』を辿らないと理解できない。
情報が溢れかえる時代だからこそ、『プロセス』で物事を追ってみること
例えば、I-Phoneが生まれた瞬間に戻り、
どういった意図でこの道具が創られ、なぜ成功したのか??
しっかりと自分から情報に出会いに行き、なぜ?と考えればきっと自分の言葉で説明が出来る。

あの情報はすごい、あの人は悪い、あの人には敵わない等々。
私たちは自分が『見たもの』をそのまま自分の『理解』として伝達していると、
認識する。

しかし、それは厳密にいえば勘違いではないでしょうか。
もし、そこで:
「なんかさ・・・その台詞どこかで聞いたことがある気がするんだよな。
同じテーマをあなたの『定義』で語ってみてくれない??』
と聞いたら、あなたはどう反応しますか??
こいつ、めんどくさいやつだな、と思うかもしれません。
それはおそらく・・
私たちが、自分にとっての『答え・定義』を大概真剣に考えたことがないから。考えようとしないから
なのでは、と思います。

私は個人的に以下のように考えています。
ただそのまま情報をINPUT→OUTPUTするのなら、コンピューターでもやってくれる。
私だったら、
何かと出会ったときに『あなた』の中で生じる『世界』の見方の変化
を知りたい。

世界でおそらく1人しか存在しない、あなたの『世界の見方』と出会いたい。

そう考えます。
さて、前提を踏まえまして。
もしどんな状況でも、どんな出会いだとしても、

なぜ??? この物、言葉、人の『定義』はこうなの??
と考え、出来る限りその『生まれた瞬間』に戻ってみる。
そうすると、自然とその物、言葉が生まれた瞬間の肌触り、重さ、匂い等が
自分にも伝わってくる。

二次的な情報しか手に入らなくても構わない。
本質はあなたが何かを知るために1歩踏み出す
ところにあるから。何かを純粋に知りたいこと。
そうすることで、世界の景色、自分が見える世界の広さ・深さは一瞬にして変化する。
そして、アイデアが無限に出てくる。

革新、閃き、感動はその小さな『問い』を出した瞬間から生まれる。

この文章全てに対しても疑いを抱きつつも、そう私は強く信じています。

そして。
San Diego での『My Ad-Venture』は始まろうとしています。
この話はまた次回お話したいと思います。
では今日も残りの時間を全力で楽しみましょう。


本日のテーマは『あなたと私の時間』について。
昨晩の内容を踏まえて、ぶつかってみたいと思います。

非常に難しい問題だと思いますが、あえて・・
あなたにとって『時間』とは何でしょうか??
本日、『時と空間の哲学』というクラスを受講。
相対性理論を改めて考えた時に、ふとこの問いが浮上しました。

よく『時間』はあなたの制約条件、Time is Money等々言われますが、
そもそもなぜ『時間』が大事なのかが分からない・・・ことって多くないでしょうか??

そして、なぜ重要なのかを自分で定義したことはなかったけれども、
何故か『時間』という資源(?)を無駄にしている??と感じませんでしょうか??
Time Management、How to本は多く巷に出回っていますが、
何故か『時間』を管理する習慣が身につかない。

どのようにAを使うかと言われても、そのAに客観的な姿が存在しない時。
誰も『時間』を触ったことがないように。
したがって、How to maximize Timeの前に、当然、
What does TIME mean to YOU??
を考える必要性がある。
本日は改めて『あなたと私の時間』について考えてみたいと思います。

【前提】

まずは自分の認識(相対性理論を基礎とする考え)を共有:
①『時間』のスピード・空間感覚は人それぞれ

②『時間』は物質として触れられない。厳密に『時間』とは『この瞬間』

①は当然かもしれませんが、改めて確認までに。
②についてもここから説明していきます。

その前提を踏まえた上で、私の『時間』に関する暫定的な考えは:
『時間』=『自分』
以下前提の補足をしつつ、説明していきたいと思います:

① 5歳時にとっての1年の長さは、全人生の5分の1。つまり全人生の20%に当たる。
30歳の母親にとっての1年の長さは、全人生の30分の1。つまり全人生の3%程度。
単純計算、一般的に論じて、『1年』の感覚は5歳児にとっての方が長く感じるのではないだろうか。
故に、誰かに向かって『自分の時間感覚』の絶対的なルール、感覚を基に、
説教(親→子、来年まで~を待ちなさい等)をすることは理不尽といえる。
私達は、1人1人『自分』の時間スピード・空間感覚も持っていると思います。

②宇宙が存在してから(スタートはないのか・・)、
人類が生まれてから、『時間』は進み、流れてきました。
体験的に『時間』が戻ることは感じたことがないかと思います。
唯一『時間』が戻っているように感じる時は、
あなたが『記憶』を頭の中で辿る時だけ。
その瞬間も、今生きているあなたの『時間』は流れています。

そして、時間軸があれば、その延長線上には『1秒後』の自分がいる。
その先には、『明日』の自分、『来週』の自分、『来月』、『来年』、『10年後』、と自分がいる・・
ように感じます。
しかし、これもあなたの『想像』の中での話。その瞬間も、『時間』は過ぎて行きます。

『次の瞬間』の自分を決めるのは『この瞬間』の自分。

そう考えたとき、あることに気づきます。
もしかしたら、『時間』は『自分』の人生そのものなのではないか。

『あなた』にとっての『時間』はあなたが生まれた瞬間から存在します。
もちろん、あなたが生まれる前も、死んだ後も時間は存在するでしょう。
しかし、現在生きている、息を吸っている、考えているあなたにとって
唯一確かなもの、感じられるものは、この瞬間の『あなた』。
もしあなたが次の瞬間死んでしまったら、
『あなた』にとっての『時間』は消滅するのではないでしょうか。

もしMatrix的なストーリーがあったとして。
私達がこの『瞬間』世界に第三者によって生み落とされていたとしても、
『記憶』という過去が本当に自分が体験したものでなくても。
『今』の自分、『このブログを呼んでいる瞬間』の自分は『自分』でしょう。

過去も未来も、見方は『今のあなた』次第。
5年前の自分を考えるときと、10年前の自分を5年後に考えるのでは、
見方がおそらく変わります。

上記の議論を踏まえて、なぜ『時間』は大事にするのか??
それはやはり:
『時間』=『自分』だから。

多くの人間は皆、自分が大事だと感じるでしょう。
しかし、なぜ自分が大事なのか??といわれてもなかなか答えづらいと思います。
それと同じ言葉にはできない『理由』で。そんな儚い想いで『時間』と向き合ってみる。

時間はあなたが管理する『自分とは切り離された』資源ではない。
他人との関係の中で『自分』を守るように、『自分』を活かすように、
『今』を、大事に出来たら。

任天堂のCEO岩田氏が仰っていましたが、
きっと10年後のあなたから『ありがとう』
と言われるのではないでしょうか。

『あなた』が最も輝く場所へ行けるように。
『今』を全力で生き抜いてみませんか??





本日のブログは『リソースパラドックス』について。
和訳は:『資源が多いことによって生じる矛盾』、です。

先程まで、エジプト人のルームメイトA氏と3時間程:
『なぜ私達は生きるのか??』
というテーマについて語りました。
いや、盛り上がった。

そこで改めて学んだことを本日は紹介したいと思います。

【前提】
私達は1000年前、100年前、10年前、1年前に比べて、
はるかに多くの『選択肢』を知っている。(意識・無意識にせよ)

A氏の議論は:
『人生を生きる目的(Z)が分からない。選択肢≒リソース(X)はいくらでもあるし、その中から、自分が最も好きなもの(Y)を見つけることは不可能→なぜ生きるの??』

A氏は哲学と科学両方において知見が深く、日々学ばせてもらっているのですが、
ここではがっつりとぶつからせてもらいました。

選択肢(≒リソース)が多いこと。
それは、ある意味『後悔』する可能性が多くなったことを意味している。
数ある選択肢の中から、自分はなぜ『これ』を選ぶのか??
選択肢が少なければ考えずに済みましたが、
1つ以上リソースがあれば、必ず『不確実性』が残る。
あっちをとっていればな・・そう考えてしまうのが人間の性だと思います。

そして、そういった精神状態で、選んだXにぶつかっても
なかなかうまく行かない、諦めてしまう。
そして、『あの人が出来たのは、才能があったからだ』という
『結論から判断』する罠にはまってしまう。
そして目の前にある選択肢の多さと
残り50年程向き合っていくことに疲れを感じてしまう。

もし何をやっても、それを心の底から楽しむことが不可能であれば、生きている意味ってあるのかな??

私は改めて自分の経験が形成した世界観と向き合い、
それを彼にぶつけた。

プロセスから読み取った、本気で人生を生きてしまう人に見られる道筋
それはおそらく。

① X自体が堪らなく好きな者が結果としてZを実現し、Yと呼ばれること。

② Zとある日出会い、それを実現する手段として改めてXに向き合い、Zを現実化するためにひたむきにチャンレンジできたものが結果として、Zを実現し、Yと呼ばれること。

別にXのY(=プロ、偉人)になることが目的ではない。

もしYになりたいのなら、X選びに確かに迷って人生は終わってしまう。
そして、それは難しく、苦しい道。

しかし、もし無条件で実現したいX, 又はZを見つけたとき。
『リソースパラドックス』はきっと超越される。

なぜなら。
自分が言葉では説明が出来ない程、腑に落ちる『選択』を
見つけたとき、Everything else is Secondary (Steven Jobs)になるから。

自分がいつ、どのような形で人生の炎を燃やせるX, Zに出会えるかは誰もわからない。
How to マニュアルも、決まった答えも存在しない。

しかし、人生をアツく生きた先駆者から学べる根源的な学びは:

出会いが人を変える

こと。出会いが人を気づかせ、進化・深化させてくれること。
山に1人で何十年とこもっていても、なかなかXもZも見つからない。

本でも人でも何でもいい。
自分の周りは『出会いのチャンス』で満ち溢れているではないか。

部屋を飛び出し、世界を駆け巡り、
世界にぶつかっていくことで、きっと誰にでも『生きる理由』が見つかるはず。

不可能は存在しない

気づけばそうアツく語っていて、
『初心』を再認識できた夜になりました。







現在、10月12日。

本日で、日本とアジアを驚きで繋げるファンドレイジングパーティー
Dreams for Asia開催から丁度1カ月が経過しました。

というわけで、今回のブログでは、この1カ月間の歩み、
そしてそこから感じた事柄について述べたいと思います。

本日は結論からではなく、過程から入って行きます。
始めに、無理やり『問い』を設定するとしたら、それは:
あなたは、『生きている』感覚を日々感じますか??
そしてあなたにとって『生きている』とはどういう意味でしょうか??
あたりかなと思います。

過去の自分、そして現在の自分を比較した際に
出会った答えを論じていきたいと思います。

【内省:9月12日までのDoubles】

キーワードは『リアル』。
2009年4月にカンボジアへ行ってからは、直観で5カ月ノンストップで走ってきました。

問題解決という言葉を使えば、『問題』を特定することよりも、
『解決』方法を自然と感じ取り、その実現にある意味・・
『この質問をしたら、動きが止まってしまう』という問いを無意識に発さず、
奮闘してきました。

自分の初心を信じ、想いをとにかく会った人『全員』にぶつけてきた。

自己の世界観を裸にしたから、ぶつかったから、
『挫折、失望感』を何度も感じ、悔しい想いを幾度となくしました。
修羅場での自分の弱さ、小ささにも直面した。
しかし、がむしゃらにぶつかったことで得たものは『はるか』に大きかった。

0からのスタート。
同じ想いをもったアツい仲間と『共通の絵』を追いかけた時間・空間。
感覚がその『場』の匂いを覚えている。
見えない未来を感じ取り、それを仲間と主体的に創る『快感』はまるで麻薬のよう。

痛みから、喜び、涙まで。
全てが『何の理由』もなく『リアル』に感じ取れた。

明日死んでも後悔ない。
心から生きている感じがしていました。

そして渡米。

【内省:DFAから1カ月後、10月12日のDoubles】

この1カ月のキーワード。それは『突き抜ける』。
アメリカに来てからは、より冷静に多角的に目的を見てきたと自負しています。
DFAの延長線上で、こちらでもよりぶっとんでいることを実現するための
ネットワーキング、事業計画を練ってきました。

問題解決という言葉を使えば、現在は『解決』策を感じつつも、
より慎重に『問題』について考えている。

なぜ『途上国』という概念をなくしたいのか??
なぜ『教育』なのか?? 『教育』とはそもそも何なのか??

以前自分の肌で感じた問題と、実際のデータ・先駆者の声を比較する。
そして5年後、10年後の未来を想像しながら、自己世界を深める日々。

妥協せずに、貪欲に『出会い』を求めている、つもりでしたが・・・

なぜか『痛み』を感じていないことに気づく。

日々『驚き』があり、自分の世界観は深まっているのを感じるのに、
妥協をしていないつもりなのに、常に『物足りなさ』が心に残る。

それはなぜか??
それは・・・
自己の世界を深めていることが、
厳密には『守りの驚き』だったから

そう感じます。

生きている『リアル』な感覚がするのは、
『攻めた』結果として出会う『驚き』の過程で生じる・・・
言葉には出来ない『痛み』があったからだなと、改めて気づく。

痛みという感覚を生むのは挫折、後悔・・
それはさらに細かくみれば、自分の小ささ、期待とのGAP等々と出会うことだと思います。

もしそういった感覚を感じていないのであれば、
自分はまだ必死ではない、そう1カ月前の自分を思い出して痛感しました。

おそらく重要なことは。
自分の内面世界を豊かにしつつも、
自分の外界にそれを思い切りぶつけ続けること。


アイデアを世にぶつける最適なタイミングは誰にもわからない。
どこまで学んでも、学びきることはない。

ならば、未熟なことは覚悟で常にぶつかりたい。

10月12日。
そう強く感じました。

誰も純粋に痛みが欲しいわけではありません。
しかし、もしずっと安全だったら、自己の世界観に満足をしていたら、
驚きを感じなかったら、どうでしょうか??

答えは『自分』が決めることですが。
私は生きている気がしない、そう感じます。

本当に生きている!!! 人生って気持ち良いな!!
そう思えるのは、『痛み』の後に『嬉しさ』が来るから。
風邪を引いた後に、体調が復活するから・・・
自分の当たり前が崩れた時に、手には掴めない人生を感じるから。

Live our Life to the LIMIT.

あなたが
生きていること
参考までに。







本日のテーマとなる『問い』。

それは:
『あなたはどうやって5年、10年、30年後の
未来(≒変化)を予期するのか??』

です。

なぜ自分が本日このテーマを選んだかというと、
現在アルビン・トフラー著『未来の衝撃』を読んでいるからです。
内容が濃いだけに、英語版で上手く理解できるか不安だったが、
友人のT氏お勧め通り、本当に面白い。
止まらないです。

まだ読んでいる最中ですが、トフラーが本著を通して伝えようとしているメッセージはおそらく:

『あなたは未来の衝撃に準備が出来ていますか??』

という『人類への問い』だと思います。

これはどういう意味なのか。
自分の中で、ある程度思考をまとめたので、今回のブログではそれを共有したいと思います。

Doubles的な結論から言いますと。
【結論】
『未来は、「今、現在」まであなたが蓄積してきた「出会いの源」が豊富・色鮮やかであればある程、より鮮明に見えてくる』

のではないか、そう考えています。

説明に入りますが、その前に前提共有。
************************************************************************
【前提】

・私達は当然未来(それが1分後、1日後、1カ月後、1年後、10年後だとしても)と
直接出会うことは出来ません。(この前提が崩れれば、嬉しい反面刺激がなくなります)

・未来とは、『今』から出現する『時』の一瞬、一瞬が積み重なって創られる。つまり明日の影響なしで、明後日は存在しない。当然かもしれませんが確認までに。

・人は唯一正しい、『世界』を見ることはできない。どこまで知ったと思っても、まだ『知らない世界』がその延長線上に存在する。今見える世界は、それ以前(=過去)の経験から派生している。

************************************************************************
その状態で、今後の自分、自分を取り巻く環境、そして全てを包括する『世界』の姿を
想像し、その変化を自ら創り、楽しむことに、個人的に大変関心を抱いています。
なぜならその過程で、脳が心が踊るからです。

それでは、冒頭の『問い』に戻ります。
スパン(時の長さ)に関係なく、普遍的に未来≒変化を肌で感じ、
その実現が起きる前に変化に対応するにはどうすれば良いのか??

冒頭の結論に対応する形で、例を交えて説明します。

例えばです。
誰かが自分が想像もしなかった(≒未来的)、
自分の常識では尋常ではないアイデアを出したいとします。
現代では世界中で起きていることだと思いますが。

あなたの目には、それは『偶然のような驚き』として映るかもしれません。
しかし、その本人にとっては、そのアイデアはおそらく0からの創出ではない。

必ず、そのアイデアが飛び出てくるWonder Box、『源』があったと私は考えています。

トフラーが指摘していますが、変化を測る尺度は『時間軸を前提とした相対性』です。

過去と相対的に見て、どんなに奇抜なアイデアも、
それが生まれる『理由』がそれ『以前』にあったのです。
厳密には因果関係が必ずある。

そしてその『理由』は『あなた』の『出会い蓄積源』にあるのだと私は思います。
人がこの瞬間までに出会ってきた、触れてきた対象の量・質・重さ・鮮度等々。
*『源』にも意識・無意識(このカテゴリーが最近腑に落ちませんが)の差はありますが、
とりあえず出会いがなければ始まらない。

この結論にさらに踏み込んでみます。
『何でこれをもっと昔に知っていなかったのだろう?』 という経験は誰しもあると思います。
過去を振り返ってみて下さい。
残念ながら、人生よくあることですね。

とはいえ。
もし『知っていれば・・・』という短絡的な反応では、
また同じ過ちを繰り返すのではないでしょうか。

なぜならば、自分が当時その出会いに気付けなかった根本的な理由は、

『何かと出会うための準備』

が欠けていたから。そう私は考えています。

当時、特定の出会いに気付けなかった理由は、それを知る、感じ取る
『準備』が出来ていなかったから。

その仮説を基にすれば:

あなたの『源』に蓄積される『出会い』(想像力の源泉)さえも、
それ以前(=過去)の『出会い』によって多くの割合で規定される。

とも言えると思います。

そこで、暫定的な結論に戻ります。

もし誰もがまだ見たことのない明日を自らの手で描きたいのならば。

触れられない未来をを描く具材(=出会い)を、
あなたの『世界』に取りいれること

が必要だと、私は『今』感じています。

そして。
その未来を創る『源』を豊かにするためには。
子供の頃、社会に触れる前に自然と湧き上がった『好奇心』を大切にすること。

日常に転がる、『当たり前』に意味を嗅ぎ取る、
感性豊かな姿勢を大事にすることが大事だとトフラーから再認識します。
本日のテーマはAre you HUNGRY??

お腹が空いていますか??の意味ではなく、あなたは:

自分の目的を見出し、
それを何が何でも実現する『貪欲』さがありますか??

という『問い』である。

本日、現在ハーバードにて実験研究者として雇用されている
T氏(同年代)と久しぶりにスカイプで議論。

テーマは:

5年後、10年後、30年後の日本、そして世界の景色は??


T氏は自分が本当に一目を置く、真の『努力家』であります。
親が起業家であったため、幼少期から人生を1人で生き抜く楽しさを辛さと共に学び、
高校に入るまでには株式投資で一生は食って行けるのでは??と思う程の
資産を築いている、まれに見る『突き抜けた』奴でした。

そんな彼も現在では、ハーバードで世界中から集まる『飢えた研究者』と
共に切磋琢磨し、毎日衝撃を受けているようです。
医療に関して門外漢な私が述べるのは恐縮ですが、T氏の研究目標は『癌という病』を根絶すること。
とことんアツい男です。

そんなT氏ですが。
議論を進めている際に、ボストンでの生活の『過酷さ』を何度か触れてくれました。

そこで。
バリバリと困難にぶつかっていく君が、何を恐れている??

と問うたところ。

彼曰く。(よく耳にするフレーズかもしれませんが、あえて触れます)

中国から来ている研究者の『ハングリー精神』に驚きを隠せない。

寝ることを厭わず朝まで研究に没頭する友人達。
日々首を切られる恐れがある、緊張した環境。

以前、自分のメンター的な存在である藤沢 烈氏にも頂いた言葉であるが。

『失敗し、悩むことが自分にとっての空間・時間を深めていく。それが人間の器に繋がる』

自分の存在が限りなく小さくみれるような境遇。

そこでどれだけ自分は、限界まで勝負が出来るのか??
どこまで、『貪欲』に目的実現に奔走出来るのか??

本日再認識しました。

現状を感謝しつつも、より面白い(自分が見たことのない驚愕しそうな景色、人)が住む世界を目指して、満足・妥協をしない者。

そういった人間が世界の常識を更新していく。

現状がどれだけ『ぬるく』ても構わない。
『今』感じる安心感を大事にしつつも。

常に自分に問うてみる。

もう腹がいっぱいなのかい?? 

世界は広い。
そして、私達の世界を構成する空間・時間の感覚は青天井である。

T氏はハーバードでの猛者共にもまれながら、
自身が実現したい目標に向かって奮闘しています。

自分も、腹が減ってしょうがない。

自分が尊敬する実業家、原 丈二氏のように。

生き方は人それぞれですが。
自分は常に。より面白い、色鮮やかな世界創造業に没頭していきます。

自分で未来の匂いを感じ取り。
『今』転がる原石を掘り当てること。

腹が減っていると、『今』見える日常が一瞬にして変化しませんか??



本日のテーマは『言葉』と『前提共有』の重要性について。

このテーマについては太古から語られていると思いますが、
最近個人的に『警戒心』が高い内容なので、
(現在@ビジネススクール・・最近英語で議論を行う『非日常的』な空間にいて痛感する故に)、
改めて内省を自分の視点から綴りたいと思います。

今回のブログを通して考えたい『問い』は:

私達は皆、言葉という『資源』を無駄にしているのではないか??


という『問い』です。

議論の始めに。
私自身出来る限り純粋なメッセージを伝えるために、
私がこの文章を書いている際に意識している前提を5点述べます。
************************************************************************
①生まれてから死ぬまで、人は基本的に1人では存在しない。

②『言葉』とは私達が5感を用いて感じ取った対象物に貼る『名前』である

③誰かと共に生きている以上、彼らが経験してきたもの、考えていること等を最大限理解したい。

④人間は24時間、365日という制約条件の中で生きている。


①~④を踏まえた上で、正しい答えがないことは承知で述べます:

⑤人間間での情報・意思伝達が正確に実現したとき、以下の3点が明確化・共有化される:

1) 相手が伝えたい一番大事な情報(結論)
2) その結論に至った過程(道筋)
3) 全体を通して、相手が利用した『言葉』から発せられたイメージ
*****************************************************************************

では以上の前提①~⑤を共有した上で、語りたいと思います。

【言葉と私とあなた】

私達は『目的』は何であれ、自分以外の(自分とは異なる経験・感情等をもつ)
人間と共に影響し合いながら生きていると思います。

そして自分以外の誰かと影響し合う際に、
私達が自ら作り出した道具である『言葉』をフル活用している。
この瞬間にもこの道具のお世話になっているわけです。

言葉、そしてその媒体である文字が存在するからこそ、
私達は自分が知らない『何か』を間接的に知ることが出来る。

言葉があるから『見えない何か』も、
自分以外の誰かと共有することが出来る。

非常に便利な『言葉』。

でありますが・・・
その利便性と同時に、この道具を安易に用いた場合、
非常にもったいない結果を招くと私は考えています。

★換言しますと:

使用している『言葉』が表している対象物についての『前提共有』が欠如した状態で、
誰かと情報伝達、意思疎通を試みた時、必然的に私とあなたの間で
『理解GAP』が生じていると思うのです。

当たり前かもしれませんが、
『言葉』は下記2タイプに分かれると考えられます:
*****************************************************************
① 物質的に触れる・感じることのできる、人間間で共有可能な対象物に貼る『名前』としての言葉

② 物質的に触れることが出来ない対象物に貼る『名前』としての言葉
*****************************************************************

先程の★は②で用いられる『言葉』に対応。

上記の補足を踏まえて、私の見解では:

自分とあなたの間で統一された理解が確立されていない
『触れられない何か』を、型にはまった『言葉』で共有することは
『もったいない』


何故そう感じるのか?

可能な限り人間同士で考えを共有するために、
私達は見えない、触れられない意識の対象物を自然と『言葉』で表現していると思います。

一般的に『抽象的(ふわふわした)』だと言われる言葉達*:

夢、希望、愛、道徳、真、天国 等々

に対して名前を付けてきたわけです。見えないイメージに対して名前をつけること。
それは確かに、本当に便利です。
(*今後、これらをIntangible wordsと述べます)

その反面。
ブログ冒頭の前提(①~⑤)を意識しつつ述べますが、
人間が創ったIntangible wordsの多くは、(触れられないにも関わらず)
その『定義=言葉から発されるイメージ』が当然のように扱われているのではないでしょうか?

その例としては、友人と日常的に『愛』について語る際に、
どんな『愛』?という議論はしますが、そもそも『愛』って??という会話は
起こりづらい。

少なくとも日本で生まれた多くの人間は学校に行っていると思います。
そういった『言葉』自体を教える学校や、言葉を使用して情報を発信するメディア等と日々
触れ合うことで、私達は様々な対象物に対して表面的には統一した理解を築いてきました。

そこで。
私は『言葉』という道具を手にしている嬉しさと同時に、
その使い方にどうしても『もったいなさ』を感じるのです。

古代ギリシアまで遡りますが、
哲学者ソクラテスは対話で使用される『物質的に触れられない対象物』の定義に非常にこだわりました。

それはやはり:
相手がこの瞬間までに感じてきた、言葉では説明できない程味の深い『何か』を、無意識に『共有しやすい言葉』で語るのもったいない。

とソクラテスが感じたからでは??と私は個人的に考えています。

時間も私達が創り出した仕組み『言葉』ですが、
1日は24時間、365日。そして人間は物質的に一時は存在し、いずれ物質として存在しなくなります。

『世界』の風景の全てを1人で触れるには、人生は短いようです。

しかし。
私は自分が可能な限り、未だ見たことのない世界(=自分という物体の外に存在する何か)
に触れたい、知りたい、感じたい。

なぜなら、それと触れた時には、
私のどこかで『驚き』が生じるからです。

その可能性を踏まえた上で。
毎日を振り返ると、私達は本当に多くの人間に出会い話します。

出会った全ての人間と実現することは困難だが、
そこでもし対話を試みるならば、私は是非とも相手の『世界』と出会いたい。

そしてその『世界』は:

私から、あなたから発せられる『言葉』の裏に隠れる、
『前提・言葉にはできない想い・考え』を最大限把握することで
掴み始めることが出来るのでは??

と最近強く感じています。

人と人が触れ合う日常は、『言葉』に出来ない躍動感で溢れています。

私は『今』、少なくとも意識上では存在していると認識できている。
人が『今』まで見てきた、触れてきた、想像を絶する程色鮮やかな世界と
出会える『嬉しさ・驚き』を感じられることの『価値』。

私はその『価値』を今後とも仕組みとして世界に提供していきたいと考えています。

言葉を、あなたの素晴らしい想いを大切に。













アメリカにきて3週間が経ちます。
そして日本とはまた異なる刺激的な毎日を送っている仁士です。
最近、原点に戻り、特に意識している行いが4点あります。

①人生マネジメントに対する理解・対応の向上

以下の点を明確にコントロールするように務める:

1) 時間 (1週間、1カ月単位のスケジュール管理徹底)
2) 情報 (質・量に関して有力な情報源のストック化)
3) 自らのブレイン (自分の思考を意識上に導出し、全体感を常に把握、次へのステップを理解)


また、①に基づいて:

②目的意識をもったINPUT(情報収集)の質・量の向上。

→自分が尊敬をする・驚きを頂く方々のブログをカテゴリー別に登録。
毎日30分はチェックをさせて頂いています。

③内省を毎日10ページ程ノートに書きだし、思考を整理→ネクストステップの透明化

→INPUT後に、そこから学んだこと→それに対しての自分の反応を
徒然と書き出します。

④出会いの質・密度向上

→日常的に出会う、異なる経験を備えた外国人と、本質的な議論を行っています。
そこで気づく、驚くことが多々あります。
先日はルームメイトのエジプト人と科学と哲学(宗教も)について議論をしていました。
真に自由意思はあるのか?どこまで脳によって人間の思考は規定されていて、どれだけその
働きは科学進歩によって再現可能なのか?等・・・

マトリックスを見ながら夜まで盛り上がりました笑

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そして本日はLAにて、ICU学生でかつてカリフォルニア交換留学をしていた
OB・OG様方&現役留学生とのランチが開催されました。

多くの面白いOB・OG様と交流が出来ました。

そこで特に刺激的だったのが、現在株式会社スノーラ代表のK氏。

おいしく、体に良く、環境にも良いフローズンヨーグルト事業を
Beverly Hillsで開始。
プレスに好反応で紙面に登場しています。

彼女も以前はカリフォルニアに留学をしていたわけですね。
非常にパワフル、かつ人間味のある方でした。
エネルギーがすごくて・・・20代のバイタリティーです。

0からLAにて新しい形の事業を興しているK氏に大変シンクロしました。

自分のこれからの路。その形は。

世界中の誰にでも同様に教育を提供すること。
世界中のアーティストに自己世界へ現実に描く機会を提供すること。

=世界中に驚き→好奇心を提供すること

NPOとビジネスが繋がる橋のような存在を目指して。
現在はその仕組み作りに日々奮闘中であります。

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